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仙台高等裁判所 平成7年(ラ)83号 決定 1995年6月30日

抗告人(被告)

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右代理人弁護士

松倉佳紀

相手方(原告)

山口正

右代理人弁護士

藤田紀子

外一一名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

事実及び理由

一  本件広告の趣旨及び理由は別紙抗告状のとおりであり、それに対する相手方の答弁は別紙抗告理由に対する意見書のとおりである。

二  一件記録に照らし検討するに、原決定説示のとおり、相手方が提出を求める本件の注文伝票は、民訴法三一二条三号後段の文書に該当すると認められるし、右注文伝票について証拠調べの必要性があることも明らかである。

三  そこで抗告理由について判断する。

1  抗告人は、本件の注文伝票は、抗告人の支店等が顧客から有価証券の売買取次を受託して、それを本社の株式部等に売買の執行を指示するについて起票されるものであり、顧客は、その起票にも、保存にも電算機への入力にも全く関与しないものであって、抗告人の部門間の指示について作成される抗告人の内部文書であるから、民訴法三一二条三号後段の文書には該当しない旨主張する。

しかしながら、右注文伝票は、証券取引法一八八条、証券会社に関する省令一三条一項一号により、同省令一三条所定のその他の帳簿類とともに証券会社にその作成、保存が義務付けられているものである。これら注文伝票等の作成、保存が証券会社に義務付けられた趣旨は、それによって大蔵省職員による証券会社の検査を実効的なものとし、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめ、もって国民経済の適切な運営及び投資者の保護を図るという同法の目的を達成することにあると考えられるから、右注文伝票等は、証券会社の日々の業務内容を記録することによって、その運営が公正適切になされていることを明らかにし、もって、後日の行政上の監督等の用に供するためにも作成されるものであり、単に証券会社の内部的な自己使用の目的で作成された文書であるとはいえない。

したがって、この点についての抗告人の主張は理由がない。

2  抗告人は、相手方の損害賠償請求訴訟は、ワラントの無断売買等を主たる理由とするものであるから、本件の注文伝票によって証明される事実を真向から否定するものであり、その提出を求めることは相手方の主張事実の立証と関連性を有しない旨主張する。

しかしながら、右注文伝票は、抗告人が相手方の売買注文を受けた都度作成するものであり、自己又は委託の別、銘柄、売又は買の別、受注数量、指値又は成行きの別、取引の種類、受注日時、約定日時、約定価格等の個別の売買注文の詳細が記載されているものである。そうすると、右注文伝票に本件の取引についていかなる記載がされているかが明らかになれば(前記1のように注文伝票の性質からすれば、本件の取引についても、無断売買であるか否かはともかく、注文伝票に相手方からの注文内容が記載されていると考えられる)、相手方はそこに記載された注文内容、注文日時等の正確性を争い、それが真実に合致するものか否かを立証することが可能になるのであるから、右注文伝票の提出を求めることが相手方の主張事実と関連性を有することは明らかである。

したがって、右抗告人の主張も理由がない。

四  よって、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 小林啓二 裁判官 及川憲夫 裁判官 小島浩)

抗告状

主文

相手方(抗告人)は、平成七年六月二日午後一時三〇分の本件口頭弁論期日までに、相手方(抗告人)が申立人(相手方)の注文を受けたとして作成した注文伝票を提出すること。

抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、相手方の本件文書提出命令の申立を却下する。

との裁判を求める。

抗告の理由

一、専ら自己使用の目的で作成した内部文書であること。

(一) 注文伝票は、証券取引法(現行第一八八条)、証券会社に関する省令第一三条により、証券会社がその業務に関する書類として作成し、保存すべきものとされている書類(注文伝票以外に取引日記帳、受渡計算書、総勘定元帳、日計表、現金出納帳、商品有価証券勘定元帳、受渡有価証券記番号帳等がある)であるが、その様式は法令において定められておらず、その作成も保存も専ら証券会社内部において行われ、顧客はその作成にも保存にも全く関与しないものである。

(二) 被告会社においては、顧客から有価証券売買取次を受託する部門(支店等)が自社の有価証券売買を執行する部門(本社株式部等)に対し売買の執行を指示するについて起票するものであり、注文伝票の日時の打刻も起票時に行われていたのが実情であった。

注文伝票には売買執行部門の執行すべき売買の内容、売買取次を受託したものであるときは当該売買の計算が帰属すべき委託者等の所要事項が記載され、これが電算機に入力されることによって指示が行われる。委託者(部店番号と口座番号によって特定される。)が入力されない限り、売買の執行は行われないのである。

顧客は、右の起票にも、その保存にも、電算機への入力にも全く関与しないことは前述の通りであるから、注文伝票は、顧客と被告会社との間において売買取次の委託・受託の法律関係が成立したこと、あるいは成立した法律関係の内容を明確にするものとして作成するものでは有り得ない。

(三) 注文伝票が被告会社の売買取次受託部門から自社の売買執行部門に対する売買の執行の指示に際して起票されるものであることから、それによって被告会社内部において売買執行の指示がなされたという事実は基礎付けられるであろう。被告会社内部において売買執行の指示がなされたという事実は、顧客と被告会社との間の売買取次の委託・受託の法律関係の存在・内容について間接事実の一つとはなり得るであろうが、相手方が本件文書提出命令の立証の趣旨としている「無断」という事実(相手方の立証趣旨が無断に尽きることは、抗告人の平成五年六月二二日付準備書面一の3のとおり)即ち、顧客と被告会社との間の委託・受託の法律関係の不存在を基礎付けるものでは全く有り得ない。

(四) 証券取引法・証券会社に関する省令が証券会社において同省令第一三条所定の書類を業務に関して作成・保存すべきものとしているのは、証券会社の内部業務に関する書類にまで規制を及ぼし、もって監督官庁の証券会社に対する広汎な監督・検査を容易かつ効率的に行い得るようにするためであって、注文伝票を作成し保存すべきものとしているのは、顧客と証券会社との間において売買取次の委託・受託の法律関係の存在・内容を直接的に基礎付ける書類を作成・保存すべきものとしているのではない。

(五) 行政上の監督・検査等を容易かつ効率的にするための書類であるからといって、その文書が、本来自己使用のために作成される文書ではないということはできない。証券会社が自己使用のために作成する文書についてまで規制を及ぼすことが行政上の必要から要請されるというにすぎないのである。それは同省令第一三条の受渡有価証券記番号帳が当該証券会社以外の者のいかなる使用に供されるというのであろうか、証券会社の売買取次受託部門が自社の売買執行部門に売買の執行を指示するに際して起票される注文伝票が、当該証券会社以外のいかなる者のいかなる使用に供されるというのであろうかを考えれば自ずと明かである。

その文書の存在が行政上の目的達成に便宜であるということは、その文書が、本来、自己使用のためであることと矛盾するものではないのである。注文伝票は、顧客と証券会社との間の売買取次の委託・受託の法律関係について作成されるものではなく、被告会社における被告会社の部門間の指示について作成される被告会社の内部文書である。

(六) 従って本件注文伝票を、所持者が専ら自己使用の目的で作成した内部文書ではないと認定した原決定は取消されるべきである。

二、証すべき事実との関連性がないこと。

(一) 本件訴訟における相手方の主たる損害賠償請求の根拠は、訴状に記載のとおり、ワラントの無断売買という債務不履行ないしは不法行為責任である。

無断売買であるという相手方の主張からすると、相手方は提出を求める注文伝票が仮りに提出された場合、成立については不知、内容については虚偽として争うしかない。相手方の主張からすれば、相手方は一度もワラントの注文をした事実はないのであるから注文伝票の記載内容は全て虚偽ということにならざるを得ない。即ち提出される文書によって本来証明づけられる事実を全く否定するのである。無断売買と主張しつつ、注文伝票の提出を求める相手方の矛盾がここに示されている。

文書が提出されることによって証明づけられる事実を真向から否定するのであれば、敢えて相手方において文書を提出させる必要はないはずである。

(二) 相手方の提出したワラントの注文伝票の提出命令を認めた福岡高裁の決定(甲第八四号)の内容に留意すべきである。

1、先ず同決定は、主張との関連性がない場合には文書提出命令は認められない旨示唆している。

即ち「請求の原因のうち、信用取引口座開設に際しての違法行為の主張については、被告人が主張するとおり注文伝票との関連性はないと言わざるを得ない」(四丁裏)。

2、また「注文伝票は、顧客からの個別の売買注文の日時、内容の詳細が注文の都度その場で記入され、これが取り次がれて右注文に基づく売買取引が執行されるという意味において最も基本的な伝票であって、証券会社が問屋として善管注意義務に違反することなく誠実に売買の取次ぎをしたか否かを判断するための基礎資料となるべき事項が記載されていることに鑑みると、注文伝票は、相手方と抗告人との法律関係それ自体を記載したものではないものの、少なくともこれと密接な関連のある事項を記載した文書に該たることは明かである。」(四丁裏ないし五丁表)と述べている。

即ち右決定は、注文伝票が顧客からの注文の内容を正確に記載されていることを前提とし、その内容が売買の執行にあたり誠実に取次ぎされているかどうかを判断するための基礎資料として注文伝票の提出が必要であるとしているのである。ここでは、提出された注文伝票によって証明づけられる事実の立証が訴訟上必要なためその提出を必要としているのである。

3、然るに相手方の本件注文伝票の提出命令の申立は全くこれと異なり、注文伝票の提出によって証明づけられる事実を否定するものである。このような場合に一体注文伝票の提出の必要性がどこにあるのか、全く理解できない。

相手方は、注文伝票の提出によって証明づけられる事実を全面的に否定するにも拘らず、何故注文伝票が相手方の無断売買の主張の立証に関連性があるのか、その提出の必要性について明かにすべきである。

またそこに何らかの関連性があるとしても、文書を所持する抗告人がそれに提出を強制されてまで協力すべき筋合いのものかどうかも明かにすべきである。

(三) 以上のとおり、相手方の無断売買の主張と注文伝票の提出によってなされる証明との間には全く関連性が認められないのであるから、原決定は取消されるべきである。

平成七年五月三一日

抗告人代理人

弁護士 松倉佳紀

仙台高等裁判所 御中

抗告理由に対する意見書

一 注文伝票は内部文書であるとの主張について

1 抗告人は、本件注文伝票を、所持者が専ら自己使用の目的で作成した内部文書でないと認定した原決定は取消されるべきであると主張するので、この点につき、相手方は、以下のとおり反論する。

2 証券取引法は、国民経済の適切な運営及び投資者の保護に資するため、有価証券の発行及び売買その他の取引を公正ならしめること等を目的として制定されたものであって(同法一条)、その目的を達するため、同法は、大蔵大臣に対し、証券業の免許の付与、取消(同法二八条、三五条)を始め、証券会社にその営業若しくは財産に関し参考となるべき報告若しくは資料の提出を命じたり、大蔵省職員に証券会社の営業や財産状況、さらには帳簿書類等の検査を命じることができる(同法五三条ないし五五条)などの種々の権限を付与している。

そして、同法一八八条(平成四年の改正前は、一八四条)では、証券会社は、大蔵省令で定めるところにより、帳簿、計算書、通信文、伝票その他業務に関する書類を作成・保存し、または業務に関する報告を提出しなければならないとされており、これを受けた「証券会社に関する省令」一三条は、同法一八八条の規定により証券会社が作成しなければならない書類のひとつとして注文伝票を掲げている。以上によれば、注文伝票は、同省令一三条の他の書類と相まって、証券会社の内部統制を可能にするとともに、行政による証券会社の監督・検査を実効的に行わしめるために作成が法令上義務づけられている文書といえるのであり、証券会社が、単なる自己使用の目的で作成した内部文書ではないことは明らかである。

3 この点、抗告人は、行政上の監督・検査を容易かつ効率的にするための書類であるからといって、その文書が、本来自己使用のために作成される文書でないということはできないとの理由で、注文伝票が、行政上の監督・検査の対象になることは認めながら、その本来の性質より、同文書は証券会社の内部文書であると主張する。

しかし、前述したとおり、注文伝票が、法令上作成・保存を義務づけられているとともに、それ自体が行政上の監督・検査の対象となるとされているのは、根本的には、証券取引法第一条にいう投資者の保護(投資者を害する取引の事前防止及び紛争の適正解決)にある。このことからすれば、注文伝票が、本来的な意味においても単なる証券会社内部の事務処理上の目的で作成される文書以上に重要な意義を有するものであることは明らかである。

実際、注文伝票が単なる内部文書でないことは、本件の原決定を始め、これまでそれが民事訴訟法第三一二条三号後段の文書に当たるかが争点となった全ての事件における決定(福岡高等裁判所平成六年(ラ)第二〇七号事件、福岡地方裁判所平成六年(モ)第二〇五五号事件)で認められているところである。

4 以上の理由に鑑みるときは、抗告人の右主張、さらには注文伝票が内部文書であることを基礎づけるために抗告人が掲げる、同文書の様式が法令により定められていないこと、作成も保存も専ら証券会社内部で行われること、顧客がその作成にも保存にも関与しないこと等の主張も、すべて注文伝票が内部文書あることの十分な理由足り得ないことは明らかである。

二 注文伝票は、相手方の証すべき事実(無断売買)と関連性がないとの主張について

1 抗告人は、文書が提出されることによって証明づけられる事実を否定するのであれば、あえて相手方において文書を提出させる必要はないはずであると主張するので、次にこの点について反論する。

2 本件訴訟における注文伝票の必要性については、相手方は、原審で重ねて主張して来たところであるにもかかわらず、何故に抗告状において右のような主張がなされるのか理解に苦しむが、注文伝票に記載される内容を否定するとしても、注文伝票記載の日時に、相手方が不在であることを裏付ける他の証拠と相まって、注文がなされていないことの立証をなしうる余地があることは当然である。注文伝票の記載内容を否定しておきながら証すべき事実と関連性を認めるのは矛盾であるというのは、抗告人の一方的な思い込みにすぎない。

3 また、抗告人は、株式の信用取引に付き注文伝票の提出命令を認めた前記福岡高等裁判所決定を利用し、自己の主張の正当性を基礎づけようとしているが、その引用は明らかに不適切である。すなわち、抗告人は、同決定が、主張との関連性がない場合には、文書提出命令は認められない旨示唆しているとして、「請求原因のうち、信用取引口座開設に際しての違法行為の主張については、被告人が主張するとおり注文伝票との関連性はないと言わざるを得ない」(四丁裏)という部分を上げるが、そもそも抗告人・相手方間の本件文書提出命令申立事件において、相手方が注文伝票の提出を求めているのは、個々のワラント取引の違法性を立証するためであり、ワラント取引のための口座開設の違法性は注文伝票による立証の対象とはしていないから、右引用部分は、一般論としての意味は理解できるとしても、本件の注文伝票が立証事項と関連がないことを理由づけるには全く意味を持たない。

4 さらに、抗告人は、右福岡高等裁判所決定は、「注文伝票が、顧客からの注文の内容を正確に記載されていることを前提とし……」ているため、本件申立とは趣旨を異にすると主張するが、抗告人のこの前提の捉え方は明らかに誤っている。すなわち、福岡高裁での事件の争点の中には、株式の信用取引の無断売買が含まれていることは、決定書三丁表(「更には無断売買をするなど」)、同六丁裏(「本件における取引の一部が、……無断売買ではないという意味においては、」)からもうかがえるところであり、とすれば右決定における抗告の相手方側の主張は、注文伝票に記載されている注文日時は(無断売買を主張している部分に関しては)虚偽の記載であるというものに他ならないのである。したがって、右決定における事案は、本件抗告人が上げる前提とは全く逆であり、右決定における文書提出命令の申立は、本件で相手方が求めている申立とその趣旨において基本的には全く同一である。

5 最後に、抗告人は、仮に注文伝票と相手方の立証事項との間に何らかの関連性があるとしても、抗告人が提出を強制されてまで協力すべき筋合いのものかを明らかにすべきとするが、注文伝票作成・保存の趣旨が、前述のとおり、不当な取引の事前予防、紛争解決に当たっての顧客の保護にある以上、正に本件のような場面においてこそその提出が要求される文書に他ならないといえる。したがって、本件において抗告人がその提出を強制されるのはむしろ当然なのである。

三 以上のとおり、抗告人が抗告状に掲げた抗告理由は、すべて、原決定を取り消す理由足り得ないことは明らかである。したがって、相手方は、早急に本件抗告を棄却する決定を求めるものである。

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